株式会社市場経済研究所

市場研コラム

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 文学にみる「マネー&相場」−8− <鍋島>  (2005.09.19)


内田魯庵『日記』
蓄財のプロセスが問題だ



 内田魯庵(1868-1929)は東京の人、文芸評論や翻訳で名を成し、丸善の図書顧問となる。父内田鉦太郎(のち正に改名)は後妻を7人も取り換えたつわもので、一時期蛎殻町のコメ相場で身を立てようとしたが、失敗する。明治11年魯庵が11歳の時だ。

 魯庵は父親のような無頼派を避け、文筆の道を歩んだ。『投機』と題する作品があるのは父親の生き方から影響されたのかも知れない。魯庵の日記にはお金の出し入れが詳しく書かれていて興味深いが、金銭観も随所に顔をのぞかせる。明治43〜44年の日記にこう記している。
「魯庵日記」
 「金を貯めるのもよかろうが、何のために貯める。千葉勝という男は朝から晩まで札の勘定をして、皺を伸ばしたり、破れを裏うちしたりするのを毎日の日課としていたそうで、ある人がソンナに金を貯めてドウする、使わずに積んで置いたって面白くなかろう、と言ったら、その時の答えが、おれは金を貯めることが楽しみなので、貯めてしまったあとの札は楽しみのカスだ、と言ったそうだ。カスなら棄ててもよかりそうなんだに、理屈に合わぬことをいう。千葉勝のカスは一向アテにならぬ。カスと悟ったものを棄てかねて、一生カスのために憂き身をやつしていたようだ」
 千葉勝がどんな人物かは、分からないが、新聞でそのケタ外れの蓄財ぶりが話題を呼んだのではないだろうか。貨幣経済社会の進展で、森羅万象すべて金銭とかかわりを持つご時世、魯庵も蓄財そのものを否定するのではない。そのプロセス、方法が大事だというのだ。
 「精神上にも元気の蓄積が必要である如くに、物質上にも富の蓄積を計らねばならぬのが生活の独立の要件である。蓄積の方法よろしきを得ぬから卑吝となり貪婪となるので、蓄積そのものは呪うべきものでも、擯斥するべきものでもなかろう」
 「金持と灰吹は溜まるほど汚くなる」と古諺にあるが、金を溜めようとすると、勢い出し惜しみをするようになり、吝嗇漢呼ばわりされる。税務署員を手こずらせるのは、貧乏人ではなくて金持ちだという。魯庵は安田財閥の鼻袒安田善次郎を名指しで非難する。
 「安田善次郎なぞは諸方の会社や銀行に顔を出しているので、わずかズツでも方々から所得があるが、一に税務署が細かに調査して指摘するまではわずかのはした収入でも決して申し立てぬそうだ。その上にいよいよの最終期限でなければ、決して納税しないそうだ。一日遅れても一ヶ月遅れても納税督促手数料は十銭だから、延ばせるだけ延ばして月歩を取るが利益だという算盤だそうだ」
 安田善次郎の納税のやり方は世間の伝聞か安田からの直話かは定かでない。当時、安田善次郎を囲む欣賞会という集まりがあり、安田邸で催されていた。魯庵もその会のメンバーだったから安田翁から直にその蓄財術を聞いたのかも知れない。安田の貯財ぶりについて世間ではかなり誇張して伝わっているようで、大正10年安田が刃にたおれたのもそのためだった。しかし、安田は70歳頃からは築き上げた富を社会に還元することに意をもちい、日比谷公会堂や東大安田講堂などを残した。

 それにしても日記は後生恐るべし。魯庵は欣賞会で安田翁と談笑しながら耳にした話を、書斎に入れば納税遅延の手口などこまかに記すのだから。

(画像は「魯庵日記」講談社文芸文庫)

【 鍋島 高明(なべしま たかはる)略歴 】
■昭和11年高知県生まれ。34年早大政経卒、日本経済新聞社入社。47年商品部次長、夕刊コラム「十字路」に執筆。58年同編集委員、夕刊「鐘」、朝刊「中外時評」に執筆。日経金融新聞で『ニッポン相場師列伝』連載中

■日経産業消費研究所、日経総合販売を経て、平成9年友人5人で(株)市場経済研究所を設立、現在代表取締役。

■著書『相場師奇聞』(河出書房新社)、『相場師異聞』(同)、『今昔 お金恋しぐれ』(同)、『ヘタな経済書より名作に学べ 金と相場』(河出書房新社)、『鎧橋のほとりで』(米穀新聞社)、『市場雑観 商品記者の切抜帳』(五台山書房)、共著『フューチャーズ群像の素顔』(市場経済研究所)、『日本市場史』(日経事業出版社)ほか。

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