株式会社市場経済研究所

市場研コラム

【バックナンバーの一覧にもどる】

人物秘話、ときどき相場談義 1[鍋島高明](2014.07.01)

「平ちゃん」の平癒を祈る

畠中平八氏

谷崎精二の「都市風景」が出版されたのは昭和14年のことで、すでに戦時経済に突入していた。名門砂子屋書房が版元となって初版1,200部が印刷された。最近古本展で見掛け、買うか、買うまいか、迷った揚げ句、清水の舞台から飛び降りる心持ちで買ったのは、「貯怪の弁」と「生ひ立ちの記」が含まれていたからだ。
 
 谷崎精二は兄の谷崎潤一郎が余りにも偉大な存在ゆえに陰が薄いが、日本橋蛎殻町が生んだ逸材であるのは間違いない。早大の文学部長などもやり、立派な全集も残している。
 
 「北浜最後の相場師」畠中平八(はたなか へいはち)は「平ちゃん」の愛称で親しまれ今年94歳、拙著「相場師列伝」や「一攫千金物語」をまとめ買いしてくれたこともある。
 今体調を少し崩しておられるらしい。ひところは論客相場師として「東の独眼流石井久、西の平ちゃん」と並称されたものだ。清水一行の小説「相場師」のモデルでもある。
 平ちゃんは岩井証券(現岩井コスモ証券)社長を12年勤め、在任中に中山製鋼所株を巡る大手仕手戦(近藤紡の売りに対し、オーナー笹川良一らが買いに向かった)を勝利に導いた功労者。さすがの中京の雄近藤紡社長の近藤信男も敗北、他界する。
 ところが、笹川親分と平ちゃんの間にミゾができる。平ちゃんは不本意ながら退任せざるを得なかった。退職金1億5,000万円を巡って裁判沙汰になるが、勝訴。その時の父と娘の会話
 娘「お父ちゃん、退職金でもろうたお金で何か服でも買うてぇな」
 父「すまんな。あの金はもうない。相場ですってしもうた。やっぱりな、ゲンの悪い金は身につかんもんや。でもなお父ちゃん、なんだかせいせいしたわ。これでまた明日から頑張れるわ」
 畠中の父は高知県安芸市の出身、そのため畠中家の菩提寺は安芸市の妙山寺。毎月お参りに帰高していたというが、1日も早い平癒を祈るのみである。

(画像は畠中平八氏/タヒポ・ジャパン提供)

【 鍋島 高明(なべしま たかはる)略歴 】

昭和11年高知県生まれ。34年早大政経卒、日本経済新聞社入社。
47年商品部次長、夕刊コラム「十字路」に執筆。
58年同編集委員、夕刊「鐘」、朝刊「中外時評」に6年間執筆。
日経電子版に『相場師列伝』連載中。
インターネット上の「鈴木商店記念館」監修。

日経産業消費研究所、日経総合販売を経て、
平成9年友人5人で(株)市場経済研究所を設立、現在代表取締役。

■著書
『日本相場師列伝』『日本相場師列伝U』『語り継がれる名相場師たち』(以上日経ビジネス人文庫)、「海坊主と恐れられた男 岩崎弥太郎」「大番頭金子直吉」(高知新聞社)
『ヘタな経済書より名作に学べ 金と相場』(河出書房新社)、
『鎧橋のほとりで』(米穀新聞社)、『北内正男と二家勝明−たどり着いて未だ山麓』