株式会社市場経済研究所

市場研コラム

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人物秘話、ときどき相場談義 4[鍋島高明](2014.08.11)

葬儀委員長は越後正一伊藤忠会長

筆者の著作物

 戦後の大相場師近藤紡の近藤信男は、学生時代から貫禄があって、友だちはみな、「オヤジ」「オヤジ」と呼んでいた。やはり慶応の同級生だった矢田順蔵(岡地証券)によると、近藤は数学が得意で、記憶力がよかったという。しかし英語は苦手で、外人教師から「ミスター・コンドウ」と呼ばれて大きな胴体がぬくっと立ち上がったまではいいが、あと黙り込んでしまい、クラス中がどっと笑う。
 そして足が丈夫で都内をよく歩いた。麻布、浅草、銀座…夕方銀座にくると必ず夕刊を買って相場欄を見る。趣味は義太夫で寄席に通い、球突きも好きだった。矢田の懐旧談にも花札賭博で留置させられた1件が出てくる。
 「1月の大雪の降った夜明け、5時半ごろいきなり巡査が入ってきて一同6人が麻布の鳥居坂警察署へつれていかれ、留置されてしまった。近所から安眠妨害の投書が数多く警察にきたため、放っておけなかったのだ」
 朝10時ころ、放免されたので数時間の留置ではあったが、若き日の武勇伝として後々まで語り継がれる。「よく働き、よく遊んだ男」それが近藤信男。11時ころから待合に出掛け、芸者や義太夫語りを呼んでドンチャン騒ぎ、それが毎晩のように続く。そしていくら遊んでも朝早く起きて会社勤めに精出し、夜遅くまで働く。恐ろしいくらいのバイタリティーで70歳の生涯を駆け抜けた。亡くなった時、葬儀委員長は盟友、伊藤忠商事の越後正一会長が務めた。財界人で付き合いがあったのは越後くらいのものだった。

(写真は筆者の著作物)

【 鍋島 高明(なべしま たかはる)略歴 】

昭和11年高知県生まれ。34年早大政経卒、日本経済新聞社入社。
47年商品部次長、夕刊コラム「十字路」に執筆。
58年同編集委員、夕刊「鐘」、朝刊「中外時評」に6年間執筆。
日経電子版に『相場師列伝』連載中。
インターネット上の「鈴木商店記念館」監修。

日経産業消費研究所、日経総合販売を経て、
平成9年友人5人で(株)市場経済研究所を設立、現在代表取締役。

■著書
『日本相場師列伝』『日本相場師列伝U』『語り継がれる名相場師たち』(以上日経ビジネス人文庫)、「海坊主と恐れられた男 岩崎弥太郎」「大番頭金子直吉」(高知新聞社)
『ヘタな経済書より名作に学べ 金と相場』(河出書房新社)、
『鎧橋のほとりで』(米穀新聞社)、『北内正男と二家勝明−たどり着いて未だ山麓』