株式会社市場経済研究所

市場研コラム

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人物秘話、ときどき相場談義 6[鍋島高明](2014..09.03)

株式ブームでもうけた人々(2)
西では草川求馬がもうけ話

草川求馬

 前出の「経済マガジン」は阪神地区の猛者たちの懐具合いを探る。大阪北浜を舞台にもうけたのは大阪株式取引所の取引員組合委員長である草川求馬で、ラサ工業を中心に500万の大もうけで東の山一に対し、西のナンバーワンは間違いない、とはもっぱらのうわさ。草川求馬は伊勢の人。大株や堂島取引所で理事長を務めた浜崎永三郎の店で奉公し、明治44年、独立、サヤ取り専門にもうけを増やし、“鬼権”(おにごん)のニックネームをもらう。鬼権とは大阪の有名な金貸し木村権右衛門のころで、草川もかなりしわい商法の人だったと思われる。
 また神戸では山口義雄が300万円近くもうけた。また、山口が主戦場とする神戸取引所は、昭和29年神戸米穀株式外四品取引所として発足、大正8年神戸取引所と改称、上場商品は米雑穀、株式、石油、石炭、肥料、蚕糸など。名古屋では近藤信雄が買いまくって相当もうけたことは間違いないが、金額がはっきりつかみ切れていない。近藤紡のオーナー社長で相場師である近藤はマスコミ嫌いで有名、戦後もしばしば大相場に登場するが、正体不明のナゾの相場師。
 「林君はちょっと変わった相場師で、相場はカンでいく人が多い中で、この人は夜中こつこつ歩いて学者の門をたたいて意見を聞き、株式の内容についても、すこぶる綿密な調査をやる。その綜合知識の上に立って、売りか、買いかを決めるといったいき方である」。
 金額がよくわからないが、もうけていることが確実な面々は、金万社長で東株理事の南波礼吉、元青バス専務の石崎石三、丸糸の岩橋新吉、後宮新太郎、望月軍四郎らがいる。
 生保会社のもうけも大きかった。大手だと最低でも1億円の株を保有しているから1割上がっただけで1,000万円のもうけ。もうけ頭は第一生命。
 「山一と提携して、矢野恒太君の音頭取りで、新鐘の手持ちが15万株にのぼり、平均値が180円くらい、100円のもうけで1,500万円、70円のもうけでも1,000万円…」
 他の生保会社から「新鐘なんか、下がればいい」とねたまれるほどの大もうけとか。

(写真は草川求馬)

【 鍋島 高明(なべしま たかはる)略歴 】

昭和11年高知県生まれ。34年早大政経卒、日本経済新聞社入社。
47年商品部次長、夕刊コラム「十字路」に執筆。
58年同編集委員、夕刊「鐘」、朝刊「中外時評」に6年間執筆。
日経電子版に『相場師列伝』連載中。
インターネット上の「鈴木商店記念館」監修。

日経産業消費研究所、日経総合販売を経て、
平成9年友人5人で(株)市場経済研究所を設立、現在代表取締役。

■著書
『日本相場師列伝』『日本相場師列伝U』『語り継がれる名相場師たち』(以上日経ビジネス人文庫)、「海坊主と恐れられた男 岩崎弥太郎」「大番頭金子直吉」(高知新聞社)
『ヘタな経済書より名作に学べ 金と相場』(河出書房新社)、
『鎧橋のほとりで』(米穀新聞社)、『北内正男と二家勝明−たどり着いて未だ山麓』