株式会社市場経済研究所

市場研コラム

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人物秘話、ときどき相場談義 18[鍋島高明](2015.05.13)

東北の大富豪、マナイタに乗る
一人身売買は言い過ぎだよ

斉藤善右衛門

 斉藤善右衛門は東北地方の大富豪である。富豪は常にマナイタの上にさらされる。昔、富豪は吐月峰(とげっぽう)にたとえられえた。吐月峰とは灰吹きのことだが、「灰吹きと金持ちはたまるほどきたない」と江戸の諺にあるところから富豪たちを吐月峰とか吐月族などと呼ぶようになる。
  大正2年刊人物論集「人物研究」はサンデー社から出た珍本である。サンデー社とは聞きなれない出版社だが、代表が島中雄三とあるから中央公論社系の本屋かも知れない。筆鋒の鋭いこと、ただものではない。
 「吐月族は黄金を鉱山から採掘せず、人の懐中より掘るなり。掘ってなお足りなければ、さらに膏血(人のあぶらと血)を絞ろうとする。東北における吐月族は斉藤善右衛門をもって首長(かしら)となす。彼の魔手にひとたび触れると中農、地主、たちまちにして破産す」
 「斉藤は高利を貸し付けて土地を奪い、その魔力を東北地方でほしいままにするだけでなく、その手は関西に伸び、本願寺もその魔力圏にあり。彼は慳貪(けんどん。つっけんどん)、冷酷、黄金の他に何物をも知らず。これを貯蓄し、貸し付けることをもって唯一の興味とす」
 東京でこのタイプの富豪を探すと尾張屋銀行の峯島家があるそうだ。高利を貸しつけて土地、建物を占拠してしまう巧妙さは斉藤以上かも知れないという。
 手元にある「全国金満家大番付」(昭和5年版)をみると、斉藤はやはり凄い。資産は3,000万円で前頭上位にランクされている。横綱は東が岩崎久弥、西が三井八郎右衛門でともに4億円、以下三井、三菱、住友、安田、大倉、古河、鴻池といった大財閥関係者ががん首を並べる。斉藤善右衛門(地主、仙台信託社長)NO3,000万円は大財閥に続く位置にあり、峰島茂兵衛(尾張屋土地社)の資産2,000万円は原富太郎(横浜の生糸貿易店)、本間光正(山形の地主)、徳川家達(公爵)、浅野総一郎(浅野セメント社長)、馬越恭平(日本ビール社長)らと肩を並べる。斉藤も峰島も途方もない富豪である。
 サンデー社では金もうけの方法として投機、高利貸し、事業の3つの方法がるとし、こう述べている。
  「投機と高利貸しは掌に金をもうける手段で、社会の公益とは没交渉だが、事業は殖産興業で発達を図り、国を富ますと合わせて自己の富を成す。帰するところはいずれも黄金だが、そう動機は異る」
  投機で巨富を築いた人としては「天下の糸平」があり桑名の諸戸静六、早川財閥の若尾逸平、根津嘉一郎らがいるとしている。
  さて、暴騰に登場の斉藤善右衛門だが、近年、学生に資金を貸すことを始めた。この善行についてもサンデー社は辛辣である。
 「斉藤は近年学生貸費の法を設けて人材養成に尽力するが如きも、実は方法を変えた高利貸しに過ぎない。人材を抵当として家資を貸与するが如きは、人身売買以上の蛮行ならずんば非ず」
 奨学資金を出して人材の育成に乗り出した斉藤に対し、「人身売買以上の蛮行」はないだろう。善行は素直に善行として評価しなければ、世の富豪たちはたまったものではない。富豪は終世吐月峰であると決めてかかるとのことの実相を見誤る。宗旨変更して社会還元に目覚めた斉藤のために「鉄拳禅」を名乗る評者は拍手喝采を送ってしかるべきだろう。

(写真は斉藤善右衛門)

【 鍋島 高明(なべしま たかはる)略歴 】

昭和11年高知県生まれ。34年早大政経卒、日本経済新聞社入社。
47年商品部次長、夕刊コラム「十字路」に執筆。
58年同編集委員、夕刊「鐘」、朝刊「中外時評」に6年間執筆。
日経電子版に『相場師列伝』連載中。
インターネット上の「鈴木商店記念館」監修。

日経産業消費研究所、日経総合販売を経て、
平成9年友人5人で(株)市場経済研究所を設立、現在代表取締役。

■著書
『日本相場師列伝』『日本相場師列伝U』『語り継がれる名相場師たち』(以上日経ビジネス人文庫)、「海坊主と恐れられた男 岩崎弥太郎」「大番頭金子直吉」(高知新聞社)
『ヘタな経済書より名作に学べ 金と相場』(河出書房新社)、
『鎧橋のほとりで』(米穀新聞社)、『北内正男と二家勝明−たどり着いて未だ山麓』