株式会社市場経済研究所

市場研コラム

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人物秘話、ときどき相場談義 19[鍋島高明](2015.05.15)

蛎殻町の仲買人評判記
谷崎、吉野、畑中、浜野…

打ち出の小槌

  「兜街繁昌記」(明治45年刊)は日本橋の証券図書館に所蔵されているが、ガラス戸のウチに収まっていて、閲覧はできても、コピーはできない。中で「米穀商品仲買人評判記」がおもしろい。古本屋で仕入れてきた手元にある本から抜すいする。
 「谷崎久兵衛 蛎殻町で最も看板が古く、かつ衆望を収めているのは、谷崎氏である。しかも性質が極めて円満で、隠然米屋町の中枢たる目がある。現に仲買人組合の委員長に推されているくらいだ」
 ※谷崎久兵衛は「細雪」などで知られる谷崎潤一郎の伯父に当たる人だが、大正4年伊豆沖で投身自殺する。息子が相場で失敗して世間に迷惑をかけたのをわびての覚悟の死であった。
 「吉野甚三郎 商号を「よし」といい、米屋町における仲買人の最古参である。しかし毎期の売買高は振るった方ではない。組合委員である」
 ※店は古くて、組合委員(委員長の下に数名委員がいて、組合の運営を司る)を努めるが、売買高は振るわない。
 「畑中伝兵衛 もはや耳順を超えること八であるが、その元気の旺盛なるに至っては、壮者に譲らない。斯道の老朽で不屈の気性に富み、書画骨董を楽しむ閑日月を有しておる。組合委員」
 ※高山商店のオーナー、畑中伝兵衛は今年68歳だが、若者に敗けない気性の持ち主。
 「沢田米蔵 斯界の巨人となったのは松沢老将、臼井御前らと提携して買い方に立ち、上清を中心とせる一派と花々しい戦端を開いた町であった」
 ※沢田は尾張名古屋の出身で温厚な性格で知られる。日清戦争のころ、同郷の先輩松沢与七の依頼で現物米数十万石を売りさばいた時、彼の名は一気に広がった。臼井御前とは、臼井儀兵衛のことで、上清とは中村清蔵のこと。明治42年には「天下の松原」こと松村辰次郎と大一番を演じた。
 「川口佐一郎 従来は兜街に本拠を置き、父川口関之助によって蛎殻町の店は経営されていたが、近頃になって双方とも佐一郎の名儀にしてしまった」
※明治43年の売買高は全仲買人中のトップを占め、「蛎殻における第一流の店」の評。 父関之助は「ドテンの川口」といわれるが、佐一郎は正攻法で率直明快で将来が期待されるが、大正13年、48歳の若さで他界。
 「伊藤延次郎 新進の仲買たる氏は伊勢桑名の産で、24歳の時、徒手空挙さふるって初めて相場界に投じて24年になる」
 ※豪快な相場振りで飛び将軍と呼ばれ、常に数万石の玉を持って仕手として君臨してきた。

【 鍋島 高明(なべしま たかはる)略歴 】

昭和11年高知県生まれ。34年早大政経卒、日本経済新聞社入社。
47年商品部次長、夕刊コラム「十字路」に執筆。
58年同編集委員、夕刊「鐘」、朝刊「中外時評」に6年間執筆。
日経電子版に『相場師列伝』連載中。
インターネット上の「鈴木商店記念館」監修。

日経産業消費研究所、日経総合販売を経て、
平成9年友人5人で(株)市場経済研究所を設立、現在代表取締役。

■著書
『日本相場師列伝』『日本相場師列伝U』『語り継がれる名相場師たち』(以上日経ビジネス人文庫)、「海坊主と恐れられた男 岩崎弥太郎」「大番頭金子直吉」(高知新聞社)
『ヘタな経済書より名作に学べ 金と相場』(河出書房新社)、
『鎧橋のほとりで』(米穀新聞社)、『北内正男と二家勝明−たどり着いて未だ山麓』