株式会社市場経済研究所

市場研コラム

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人物秘話、ときどき相場談義 28[鍋島高明](2016.01.21)

昭和初めの中堅株取引員寸評(1)
注目の桐山、石橋主義の町沢

日経ビジネス人文庫「日本相場師列伝」より

 根本十郎著「兜町」(昭和4年刊)は兜町の証券図書館(東商会館内)に所蔵されているが、希こう本扱いで貸し出しもコピーも許されない。せっかくの宝物がガラス戸の奥で眠り続けているのはよろしくない。手元の書庫の中から日ごろ脚光を浴びることの少ない中堅・弱小株式取引員を抜粋してその寸評をここに網羅する。
◇入丸商店
 浜組の1人、村上太三郎創業の店、明治時代初期、横浜で両替商をやっていて、横浜市場がすたれて上京、兜町に陣取る“浜組”の中の有力メンバー。機略縦横、日露戦争時代は成金組の1人、鈴木久五郎と並び称された。大正10年村上太三郎の養子村上文策が継承、昭和3年中央証券専務だった村上賢二が後を継ぐ。
◇井治兵衛)
福沢桃介の機関店と称されたことがある。店主自身も奇略縦横、株式反動の虚をついて巨利を収めた。近年は大した活動をせぬようだ。 ◇近田三郎
 古くからサヤ取りの店と称され、格別の風評もなく、資産も相当あるとのこと。
◇入サ商店
店主は田中熊三郎。格別の評判がない。店運が隆々という次第ではなく、いささかお気の毒ではある。平々凡々で無難ということか
◇高山商店
名儀人は山本香。数人の仲間で持ち合っている店。格別の評がない。
◇小林市太郎
 明治44年仲買人を開業、大正4年組合委員となり、同11年商議員となる。同12年市太郎の死去に伴い息子の武次郎が継承。武次郎は同10年慶応義塾卒、同14年には早くも組合委員となるが、昭和4年都合により根津甚平に譲る。根津は市太郎の義弟に当たり早くから支配人を務めていた。
◇堀江鉄五郎
 小布施商店の出身だが、一向に堅実なところがない。思惑をやって当たった時はいいが、外れた時は目も当てられない。昭和5年4月、市場において新東買いの乱手を振った。鉄五郎という名前でもあるから少し堅実にやったらどうか。
◇渡辺俊雄
 店主は九段南の洋服屋徳海屋のせがれ。記号は徳。「徳、不孤心有隣」(徳は狐ならず、必ず隣り在り)といかず、気息えんえんの状態は誠にもってご愁傷の至り。
◇町沢政治郎
 福島浪蔵の下で腕を磨き、明治44年独立、石橋主義もよいが、いささか度が過ぎるとの評。兜町随一のしまり屋ともいわれるが、商議員になっているのは偉い。
◇斉藤清助
店主は新潟県出身。したがって石油株の売買にかけては特別の才能、手腕がある。堅実怜悧なる店主、年々資力も充実しつつある。
◇桐山商店
名義人は桐山泰蔵だが、実権は三木幸太郎が握っており、かなりの思惑師らしく、一昨年市場を騒がせた高川一派の新東買いの玉も同店を中心にしたもの。近年、売買が多額にのぼっており、刮目の要あり。

(写真は日経ビジネス人文庫「日本相場師列伝」より)

【 鍋島 高明(なべしま たかはる)略歴 】

昭和11年高知県生まれ。34年早大政経卒、日本経済新聞社入社。
47年商品部次長、夕刊コラム「十字路」に執筆。
58年同編集委員、夕刊「鐘」、朝刊「中外時評」に6年間執筆。
日経電子版に『相場師列伝』連載中。
インターネット上の「鈴木商店記念館」監修。

日経産業消費研究所、日経総合販売を経て、
平成9年友人5人で(株)市場経済研究所を設立、現在代表取締役。

■著書
『日本相場師列伝』『日本相場師列伝U』『語り継がれる名相場師たち』(以上日経ビジネス人文庫)、「海坊主と恐れられた男 岩崎弥太郎」「大番頭金子直吉」(高知新聞社)
『ヘタな経済書より名作に学べ 金と相場』(河出書房新社)、
『鎧橋のほとりで』(米穀新聞社)、『北内正男と二家勝明−たどり着いて未だ山麓』