株式会社市場経済研究所

市場研コラム

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人物秘話、ときどき相場談義 29[鍋島高明](2016.01.25)

昭和初めの中堅株取引員寸評(2)
越後系の野崎、気息えんえん光商店

日経ビジネス人文庫「日本相場師列伝」より

◇関秀次郎、杉山正造
ともに沈香もたかず屁もひらず組。
◇大沢龍次郎
欧州戦争当時、東洋モス20株の思惑が当たり、それからトントン拍子に発展した。一時は相当鳴らしたが、近年は一向に振るわず、平々凡々組。
◇中西商店
名儀人は中西敦義だが、実際は父親の厳がやっている。日露戦争当時はかなりの資産をこしられたが、戦後の反動で元のもくあみに帰る。元来の思惑師、それからも何かの失敗で名をひそめていたが、大正9年、子息の名でまたまた仲買人となった。
◇中村貫一郎
かつて、中証派・公正会派時代に中証派の幹部。近年は振るわず、沈息黙考の状態と称せられるが、御大南波礼吉が勢力を失う折からやむを得ないか。大正13年短期取引市場開始以来、組合委員に選ばれている。
◇高田商店
のみ屋とのありがたからぬ評判を有し、近年の不景気風に影はますます薄い。
◇富永直三郎
元来、神田鱈蔵のかいらいで、神田没落の今日、不振、不評もやむを得まい。
◇永楽商店
旧寺岡商店、台湾銀行にいた北条伝四郎が出資者となり、店名も永楽商店と改め、復活の意気を示す。
◇野崎商店
越後系。石油王中野貫一の機関店と称される。毎朝の売買が常に多額を示しているところをみると、まずは優勢の店と称すべきであろう。
◇河口忠次郎
大阪の浜崎照道の姻戚に当たる、名古屋の某資産家の機関店。市場においても、これら両筋との連絡を巧みに利用することができ、相当の成績を上げている。
◇光商店
平井光三郎は鈴木隆と並んで兜町の存する代議士であった。当時からあまり評判がよくなかった。前々回の総選挙で落選してから取引員としてますます左前になったらしく商号を平井商店から光商店へ変え、実権は他に移ったらしい。
◇安藤康次郎
名古屋系、名古屋、関西方面と連絡があり、営業も盛大、資力の充実、信用もあるほうである。
◇吉田商店
名儀人は長尾秀一、実権は吉田政四郎が握る。
◇吉村商店
郷誠之助の背景を有するとのことであるが、大したことはなく、群小組に屈する。
◇綾野金蔵
格別の評なし。平々凡々に組の1人、ある程度の評を有するくらいが兜町にあってはよいかも知れない。
◇山口英九郎
養父の山口卯之助は兜町の代表的仲買人の1人。一時理事長代理を務めた。英九郎は資力は相当に豊富で、自己思惑を盛んにやっている。
◇三協商店
店主は萩原六三郎。萩原郡の大地主、資力は豊富だが、開業したばかりで、活動は今後に期待する外ない。

(写真は日経ビジネス人文庫「日本相場師列伝」より)

【 鍋島 高明(なべしま たかはる)略歴 】

昭和11年高知県生まれ。34年早大政経卒、日本経済新聞社入社。
47年商品部次長、夕刊コラム「十字路」に執筆。
58年同編集委員、夕刊「鐘」、朝刊「中外時評」に6年間執筆。
日経電子版に『相場師列伝』連載中。
インターネット上の「鈴木商店記念館」監修。

日経産業消費研究所、日経総合販売を経て、
平成9年友人5人で(株)市場経済研究所を設立、現在代表取締役。

■著書
『日本相場師列伝』『日本相場師列伝U』『語り継がれる名相場師たち』(以上日経ビジネス人文庫)、「海坊主と恐れられた男 岩崎弥太郎」「大番頭金子直吉」(高知新聞社)
『ヘタな経済書より名作に学べ 金と相場』(河出書房新社)、
『鎧橋のほとりで』(米穀新聞社)、『北内正男と二家勝明−たどり着いて未だ山麓』