株式会社市場経済研究所

市場研コラム

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人物秘話、ときどき相場談義 30[鍋島高明](2016.02.15)

富山はいつも騒動の震源地
金沢では仲買や相場師を一網打尽

現代の米相場

 歴史に名高い大正7年夏の米騒動は富山県魚津の漁師の女房たちが「米寄こせ」とのろしを上げ、燈原の火となって全国に広がる。寺内正毅首相は軍隊に出動を命じ鎮圧するが、責任をとって内閣は総辞職する。これより前、明治時代にも何回か米騒動が起こった。その1つ、明治45年6月の米騒動も富山が震源地となった。
 23日付富山日報にはこんな記事が出ている。
「上新川郡岩瀬町役場へ老幼の女子が数回にわたり100名規模で津波のごとく押し掛けたため、役場の職員はなにごとが起こったかと聞き質せるに『このごろ米価暴騰で生計を立てるのが困難となった。昨年のように外来の救助を仰ぎたい』とのこと。しかし、役場とすれば突然のことでその場は『熟議の上、なんとかしよう』というだけで、老女たちは帰っていった。一時は役場前の広場は見物人で黒山のような人だかりとなった。彼らはわざと警察分署前から表通りの富豪の邸宅前を示威的に行列して引き揚げた。彼らの多くは漁師の妻女にして、昨今不漁の結果、いっそう生活難を感じているとのこと」 
  そして3日後、群衆は数を頼んで実力行使に出る。同じく富山日報。
 「その後、彼らは毎日のように役場へ押しかけ、救助を願い出たるが、その後彼らはいまだ一向にその方法がつかず、彼らは日頃悪(にく)しみおれる某富豪方へ、かん声をあげて襲撃し、まさに家宅全部を破壊せんとする勢いなりしかば、同家のろうばい一方ならず。直ちに鎮圧方を警察に急願せしところ、多数の巡査出張してようやく事なきを得たるも、一時は町内一斉にどよめきて、非常の騒擾さを極めたりと」
 富山が米騒動が起こっているちょうどそのころ、金沢では相場師や仲買人60人余りが不正取引のかどで拘引される事件が勃発する。各地の米相場は外米の関税引き下げ策などによってようやく沈静化したというのに金沢米穀取引所相場だけは高値を唱えていたため、警官70人が取引所を包囲して証拠品を押収するとともに、有力仲買人や店員、相場師を警察署に連行していった。
 「仲買人中、中宮茂吉、蓮六次郎、荒野権四郎、安宅又七は屈指の有力家にして、かつ資産家なるが、先月中頃より、ひそかに団結して不正の買い占めをなし、5日のごときも、6月限寄付き57銭、6節65銭、7月限57銭、止め65銭の高値を呈するに至れり。なお右善後策については、山本理事長、野村理事ら役員一同協議中なるがために、5日の後場は立会を休止し、買い占め派に属する仲買人は混乱を極めおれり」(大阪毎日新聞・明治45年6月5日付)
 当時はお米本位制ともいうべき時代で、経済の中心に米があり、米価の一高一低が台所をゆさぶるありさまだったらから、新聞記事でも米にまつわるニュースは大きく取り扱われたものだ。

(写真は「現代の米相場」)

【 鍋島 高明(なべしま たかはる)略歴 】

昭和11年高知県生まれ。34年早大政経卒、日本経済新聞社入社。
47年商品部次長、夕刊コラム「十字路」に執筆。
58年同編集委員、夕刊「鐘」、朝刊「中外時評」に6年間執筆。
日経電子版に『相場師列伝』連載中。
インターネット上の「鈴木商店記念館」監修。

日経産業消費研究所、日経総合販売を経て、
平成9年友人5人で(株)市場経済研究所を設立、現在代表取締役。

■著書
『日本相場師列伝』『日本相場師列伝U』『語り継がれる名相場師たち』(以上日経ビジネス人文庫)、「海坊主と恐れられた男 岩崎弥太郎」「大番頭金子直吉」(高知新聞社)
『ヘタな経済書より名作に学べ 金と相場』(河出書房新社)、
『鎧橋のほとりで』(米穀新聞社)、『北内正男と二家勝明−たどり着いて未だ山麓』